針谷顕太郎

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宿題 #7(匿名希望)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前匿名希望観劇日時2018年3月23日 14時00分血の繋がらない家族との生活、それだけの変化でもしんどいだろうに(それはヒバナもだけど)父と妹の関係を知ってしまってからの生活。不穏な空気を感じて必死でそんなことは無いと思いたい気持ち。もう隠すことも目をそらすことも出来なくなってしまってからの生活。受け入れがたい現実を受け入れないまま逃げ続けることも出来るが…という心の動きが見ていて辛かった。ヒバナとは違った辛さ。ヒメも被害者なのに。なんで嫌なことに自分から向かってこじ開けていかなきゃ、対面しなきゃならないのか。ヒメが相手(父・ヒバナ)に対して出来る精一杯が台詞から佇まいから伝わって一緒に罰を受けている気持ちになった。なんの罰かもわからない罰。先生ってなんでしょうね。寄り添い、導く、なんて難しいんだろうと思う。全知全能じゃないのに求められているものが多い。同じ人間なのに。先生はどんな気持ちで彼女たちを見ていたのか。出てはこないけど沢山いる生徒の中の2人。何人もの生徒を見て来た中での2人。でも手当の仕方を教えてくれたことはヒバナにとって良かったのか。(良かったと思いたい)あの後の治らない傷の手当ての仕方も教えてあげて欲しい。居残りはずっと楽しかったけどそれは一緒に居残る友達が居たからだなと思った。誰も居ない、ましてや自分が居残りしていることを誰も知らないなんて。終わりの見えない居残り。最後にヒメと話せて良かったね。ヒメは見て居てもらえてよかったね。誰かがクロノの事を見て居てくれたらいいのにと思った。ただただ辛かった。黙っていることも、差し伸べられた手を拒否することもそれを傍観していることも辛かった。嫌な予感をはじまりから感じ続け、ヒメよりも先に気づいたのに何も出来ない。重たいものがずっと身体の内部にある。髪を切った抵抗。何も信じられない気持ち。最後にヒメを待つのはヒメのことは信じられると思ったのでしょうか。わかりませんがただ、彼女がこれからを幸せに歩んで欲しいと願うばかりです。こんなことはおかしいし辛すぎます。心のバランスが崩れた人間はどのようにして労われば良いのかわからない。肉親だったら尚更。一緒になって落ちてしまう可能性も十分にあり得る。自分の精神がまともじゃないと無理だと思う。彼女たちには重すぎた。彼女たちにはまだ子供なのに。しんと静かな空気と建て込みのない装置が物語の余白となって観やすかった。袖もなく、出番を終えた役者さんが無表情になり椅子に座っている。くるくる入れ替わり立ち替わり言葉を交わす。独白する。だんだんと輪郭がが見えてくる様が怖かった。音響の虫の音や時計の音も舞台と現実を曖昧にしていてよかった。出来ればラジオの音声がもっとリアルだとよかった。舞台横の灯台がかっこよかった。時間も短く(かといって、それを感じることなく)観られて。内容が内容だけに長いともっとしんどかったかもしれない。アートワークの可愛さと舞台の内容のギャップはアートワークの情報のみで来ているとちょっと驚くかもしれない…(前回見ていたのでなんとなくは察していたけど)でも毎度アートワークとデザインはとても凝っていて可愛いなと思う。衣装からきっとこの学校は所謂「いいとこ」の学校なのかなと。ちょっと時代遅れというかなかなかないタイプの制服で好きでした。ファンタジー感があって逆に救われた。リアルな制服だとキツかったかもしれない。観劇した日はちょうど桜が咲き始めて、でも曇り空で外に出てからも舞台の空気を若干引きずってしまった。海が近くになくてよかった。次回公演がどんな感じになるのか楽しみです。

宿題 #6(なかじまっぺい様)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前なかじまっぺい様観劇日時2018年3月25日 18時00分だらだらお喋りするつもりで私見を書きます。お気に障ることもあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。バカなので、いっぱいいっぱい見落としてることがありそうです。思いつくままワードを書き出してみます。重い、痛い、難しい、疲れる、耽美、相性がよくない、オシャレ、かっこいい、気障、カッコつけ、シュール、笑えない、呆れる、嘲笑、不条理、インテリ、女子高生、エロい、女の子ばっかり、羨ましい、楽園王さんっぽい、少女漫画、ラノベ、厨二病、閉塞感、孤独感、やるせない、諦め、いい匂い、値段が高い、レベル高い、生煮え、…会場に入り席に着く。客席案内にキレがない。空席をちゃんと見てるのかな。前説の声が聞き取り難い。大事なことを、お願いしているのだから、大きくはっきり喋ってもらえると好印象なのに。トイレの傍の暗い一角に何か置いてある。気になる。後で、物販ブースだったのだろうと思い当たるが、隠すなら隠す、見えるなら見えるで「終演後販売します」などのアナウンスがあった方が好感が持てるのに。客入れ中あの少女はヘッドホンで何を聴いているのだろう。机に向かってから、何を考えているのだろう。クロノス。時の神。少女(見た目)は「クロノ」という名前からして、タイトルと絡んでキーパーソンになるであろうとの期待が湧く。期待し過ぎたのだろうか、「この娘いる意味あったかな?」という後味が残った。その言動が、血の繋がらない姉妹にどんな影響を与えたか。クロノ自身が姉妹によってどう変化したか。クロノが聞き役に徹しているように見えて、もしくはクロノからの呼びかけが一方的で姉妹に届いていないように見えて、客席にいて酌み取ることができなかった。彼女は、何をした。彼女は、どうなった。時の傍観者。観客がもう一人舞台上にいるだけではつまらない。のですが、瓶詰めの手紙を取って、「誰かに読んでもらいたいから手紙をかくの?読まれないって分かっているから書くの?」(確かこんなだったような)このセリフと件はとても好きです。姉妹の心は二度と交わることはない、永遠の時の流れに浮かぶ点と点。…なのですか?時。悠久、深遠、普遍、不可逆、壮大、いろんなイメージが湧いてきますが、主軸にしたかったのはなんでしょう。ヒメとヒバナのすれ違う気持ちはもう元には戻らない、砂時計の砂が逆流することはない、そんな不可逆性。いつからいるのか分からず、ずっとあてもなく居残りをさせられて、悠久の時を過ごしている。イメージできたのはそんなところです。強い主題を一つに絞ってもらった方が好きです。なんかボヤけているようで、彼女が醸すはずだった余韻が心に沁みてきません。主題を絞っても、ほかの要素が失われることは無いと思っています。「時間」言葉に纏わりつく様々なイメージが主題の底辺を支える土台として否応なしに顔を覗かせる。そんな気がします。隕石の落下。向こうの海岸線が黒コゲ。爆発音は衝突によるものではなく、空中で砕けた時のもの。もしそのままぶつかっていたら、被害はこんなものじゃ済まなかった。…それでも何も変わらない。少女たちは言う。え?とんでもない大ごとに思えました。私には。自分には影響が無かった(と思っている)ことには興味のシャッターを下ろす10代少女と、40代おっさんのギャップでしょうか。砕け散った隕石の破片はもうどこにもない…いやいや、海に沈んだって、誰か言ってたじゃあありませんか(先生だったかな)。すぐに見えるところに無いからといって、存在の否定にたどり着く稚拙さが冷笑を誘いました。目に見えるモノや変化しか信じられない、少女たちのある種の頑なな気持ち。観客として歪な感じをうけましたが、舞台上にもそれを感じる人物がいたほうが物語も膨らみそうな気がするし、分かり易くて好き。海に沈んだ隕石の破片が、見えないところから、気がつかないところから自然環境に何かしらの影響を及ぼしていく。そんな風に、少女たちやその周囲の環境を侵食していく時間と変化の比喩だとしたら。それを匂わす何かセリフか場面がもっとあざとく欲しかった。割と濃いめの味付けが好きです。…あ、流した瓶詰めがたどり着くはずだった海岸はもう無いよ、ということですか?そうだ、瓶は漂うけど、海岸は変わらない…いや黒コゲ…。どこかに行きたい。アイルランド。それってどこだっけ?高校生でアイルランドの位置を知らないなんて、情け無くて笑える。少なくとも進学校ではないわな。…なぜアイルランド?時間ではなく、空間の飛躍が登場した。実は私にとっても最も行ってみたい外国です。保健の先生。自己保身の塊。人の話を”深く“聞こうとはしない。自覚のないお為ごかしで相手との壁をどんどん作っていく。まるで自分自身を見ているみたい。いや、客席からは色んなものが見えるからそう思えるのかも。私は思い上がっていたのかも知れません。姉妹の父にはとても共感できます。出演者の皆様とても素敵な方たちばかりですね。感情やエネルギーがストレートに出てて。ただ、メリハリに欠け一本調子のように感じられてもったいないです。もっと抑える箇所が多い方が好きです。ワザとらしくなるかも知れませんが、感情と感情がぶつかる、のではなく、感情を乗せた肉と肉がぶつかる、ようなそんな激しいやりとりを観てみたいのです。2回、3回観ると分かってくることもあるのかも知れません。今作の印象はあまりいいものではありませんでしたが、これからこのスタイルを突き詰めていくとどんなものが生まれていくのか、興味があります。ありがとうございました。

宿題 #5(匿名希望)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前匿名希望観劇日時2018年3月25日 18時00分ひとは舞台や映画や小説やら、なにか創作物をみたとき、なにかしらの共感点を探す生き物らしい。今回のうみべのクロノスをみて、共感点から私が考えたことは、主に以下のふたつになる。・お酒を言い訳にしないで関係を発展させる勇気を持ちたい・性暴力を受けたら、被害者なのに、なんで誰にも言えないんだろう?まずお酒の話だ。学生のころはお酒に強かった。飲んでも飲んでも、トイレに行けば排出されて、酔いがさめるから、視界がぼやけるくらいで、酔うという状態になったことがあまりなかった。酔ったとしても、笑い上戸になったり記憶をなくしたりなどの変化がまったくといっていいほどないので、酔うから本音が話せるとかコミュニケーションが円滑になるとかいう話が理解できなかった。昼間の素面でも誰とでも本音でぶつかることができた。でもタイトル。結婚して飲めなくなったのである。夫がチョコレートボンボン1個レベルで頭痛がしたり吐いてしまうほどの体質的アルコールNG人間だから、わざわざ家で飲まなくなったのに加え、妊娠もして、授乳が終わるまでのおよそ1年半、禁酒をしたからなのだろう。200mlそこらで、酔ってしまうようになり、酔うと敷居が下がるようになった。お酒を飲むから障壁なく愛を伝えられる。飲まないと人見知る。アルコールに頼らないと勇気が出ない、アルコールに頼って言い訳するような、今まで見下していた大人になってしまった。学生の頃に打ち解けていた友人と、久しぶりに会うのに、昼からお酒が飲めるランチを探す。職場で仲良くなって、もっと仲良くなりたい人を、夜に「飲み」に誘いたいと思う。お酒に弱くなったのと同時に、人間関係にも弱くなった。なんでだろう。社会人、妻、母、と立場が増えたから?学生の頃のように人と過ごす時間を長く持てないから?お酒飲むんですか?と聞いて、体調や体型のために控えていると言われたら、打つ手がないよ。どうすればあなたと距離が縮められる?抱いてほしい気持ちを、どうすればわかって、すくいあげてくれる?そうやって好きな人と触れ合いたい気持ちがないのに、いきなり性の目を向けられる暴力に、私は幾度となく悩まされてきた。現代の日本人女性は、統計的に、人生で2度はそういう目に合う、と言われている。私はというと、8回だ。4倍だ。全てありありと覚えていて、毎回、目の前に凶器があれば命を奪うことをまったくいとわないほどの殺意と、自分の存在を削られ、えぐられた深く強い悲しみで精神がズタボロになる。男という性そのものが憎らしく、何度、加害してきた当人でない友人や、恋人や、父親にかわりに怒りをぶつけてきただろう。死ね死ね死ね。初めては小学2年の初夏だった。ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶり、お気に入りの朱色のトレーナーと、ピンクベージュのパンツ姿で、いつも通り下校していると、背後に違和感を感じた。そのまま住む団地に入り、エレベーターのボタンを押す。待っていると、上下ともにブルーのデニムのシャツとジーンズ、色白の肌、口元にホクロがあり、ツヤツヤと湿気のあるおかっぱ頭の、大学生くらいの男が入ってきた。不穏な空気を感じる。これは、危険だ。私は、エレベーターが来ても、乗らなかった。男が乗り込む。乗らないの?と聞かれる。友達待ってるから先に行ってください、と震えた声で言った。男は先に行った。なんだ取り越し苦労か。ここに住んでいる人か。そうホッとして、またエレベーターのボタンを押した。無人の箱に乗り込んだ。二階のドアが開き、男が入ってきた。逃げ出した。悪い予感は的中した。私は馬鹿だ。なんで遠回りして遠くの階段から上がらなかったんだ。友達の家や近くの交番に逃げ込まなかったんだ。緊急の時にと渡されていたテレホンカードと電話番号のメモを使って親に連絡をしなかったんだ。一瞬にして色々な後悔が襲う。とりあえずいちばん近い逃げ場は自宅。そう判断して階段を駆け上がる。男が追ってきた。抱きすくめられた。どうして降りるの?!と非難されながら胸と股を触られた。ちっとも声も力も出ない。ママが待ってるから!ママに怒られるから!ごめんなさい!となんとか言って、このままじゃ本当に死ぬ、全力で階段を上がり、震える手で自宅の鍵をあけた。カツン、カツンと鍵と鍵穴がぶつかる音がする。なかなか入らない。こうしている間にも追いかけてくるかもしれない。ようやく家に入り、ドアを閉め鍵をかけた。鍵っ子だから、ママなんて待っているわけがない。全身が気持ち悪い。いつも楽しみにしている大好きなテレビも、ちっとも面白くない。母が帰ってきた、いつもならお皿三杯は食べる大好きな夕食のカレーも、一皿の半分がやっと。母になにかあったの?と聞かれても何も言えなかった。そうしてしばらく、生きているのか死んでいるのかわからない日々が続いた。心配されても、なんにもないよとしか言えない。誰といても、ふつうに話すことができず、苦しい。いつも自分の心を支えてくれる本なら少しは気がまぎれるかもと、入った図書室で、担任の先生と女子が話していた。あのときと同じ違和感がする。聞き耳を立てると、彼女は男に同じことをされていた。私もです、とそのときようやく言えた。それから私は、男、という生き物を憎み続けた。あまりの憎らしさに、支配下に置いて、いつでも上に立てるよう、男に好かれ、懐柔する方法を、長い時間をかけて学んだ。そうしているあいだにも、運が悪いことに、電車内での痴漢、街を歩いていて通りすがりに言われる卑猥な言葉、明らかに人間関係を築く気のないナンパ、突然の非通知の電話に出るとしている自慰行為。等々、性暴力に合い続けてきた。全てに共通することは、何も悪いことなどしていないのに、反論がまったくできないことだ。立ちすくんでしまう。突然の暴力に。脳の思考が止まる。なんとか逃げ出して、思考が正常に戻ると、なぜあのとき、暴言や暴力を同じようにふるって、相手を攻撃しなかったのか深い後悔に襲われる。通法して、社会的に殺したかった。もしくは自分が返り血を浴びてでも、その肉体を切り刻んでやりたかった。死ね死ね死ね。その後悔、殺意、悲しみを、作中のヒバナが持っていると思えなかった。叫びは薄ら寒くもあった。演じていた役者にそういった経験がないのか、もしくはあるけど、力量がないのか。それとも脚本に問題があるのか。少女の世界の闇、というカテゴリーを描きたいだけに見えた。そんなエゴで、架空の世界だとしても、ひとりの女性をえぐるな。酒を飲んだくらいで、義理の娘を犯す権利を与えられた男にも、腹が立つ。そんな手段でね、簡単に正当化してるんじゃないよ、と書き手に怒りが湧いてきた。そう、前作にも感じていたことだ。ただそのカテゴリーを作りたいだけに見える。そこに理由が見えないのだ。その理由があれば、カテゴリーだけで成立するほどの本にもなりきれる。針谷顯太郎ってこんなものだった?正直つまんないよ。もっと人生削った芝居をみせてください。以下その他のダメホメです・セリフで説明しすぎ。もっとお客を信用していいと思う。・なんで姉妹にそこまでの絆があるのかわからない。・幽霊?のような女の子の存在を活かしきれてない。いなくても成立する話だった。・メンヘラとかクソとか強い言葉にはリスクがある。観客を遮断してしまう。その言葉でなければいけない意味が見えず、本に関して雑な印象を受けた。・ほんとによかった!のほんと、が流れてた。流れるセリフは削るべき・照明は手放しで褒めたい・舞台上での動きや待ちの姿勢のとき、なぜそこにいるのか違和感がないのがすごいと思った。以上です。

宿題 #4(匿名希望)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前匿名希望観劇日時2018年3月22日 19時30分<うみべのクロノス 全体的な感想の話> 初日の回を観劇しました。 針谷さんのtwitterで「稽古場では『見なくていい』『聞かなくていい』『伝えなくていい』みたいなことばっか言ってる気がする」という呟きを見てから、一体どんな舞台になるのだろうとずっと引っかかっていたのですが、確かに登場人物達は最初から見ていなかったし聞いてもいなかった。相手に伝えようとする言葉と、そうではない言葉の違いが如実に現れていて、内容としては同じことを話しているはずなのに…と、物語が始まって早々とても不思議な感覚を覚えました。 また、同じ言葉が繰り返されていく中、「どうやら人によって話している時間軸が違うらしい」とわかったので、最初の方はどの時間軸で話しているのかを考えながら観ていました。まあ、途中からついていけなくなり、最終的には時間軸をつかもうとする努力そのものを放棄しましたが。 でも、時間って結局のところそういうものなのかもしれないとも思いました。 そこに存在していることは、漠然と知ってはいるけれど、つかめる瞬間なんて一時たりとも訪れないんだろうなって。 観劇中、「この言葉良いな」と思う場面は沢山あったのですが、物語が進んでいくうちに、細かい台詞なんてすぐ忘れていって、忘れていく過程を自覚してやるせない気持ちになりました。(それで台本を買いました) 人が日々をどうにかやり過ごしていく中で、一体どれほどの言葉を覚えていられるのだろうかと、公演中ずっと考えていました。<ワタツミさんの「苗字珍しくて嫌問題」> 物語の本題とはあまり関係のない、かつ非常に個人的な話なのですが、いや、この話は本当にわかる…私自身、元の苗字が独特だったので、さっさと普通の苗字になったらきっと楽だろうし、もし万が一悪いことをしても特定されなくなるし、そんな日が来るといいなと思っていました。 ところが、いざ苗字が変わってみたら、まるで馴染めない自分がいました。新しい名前も、当然全く覚えてもらえません。私のアイデンティティは、あの珍しい苗字にかなり依存していたのだなと今になって思うので、時と場合によっては元の苗字の方を名乗り続けています。  言い訳めいた話になりますが、今の苗字もそれはそれで気に入っています。字画が抜群に良くなりましたし、あまり人の記憶に残りたくない場面では積極的に使っています。<ワタツミさんの「旅行、夢みたい問題」> 拾ったところが二箇所ともワタツミさんということで、ワタツミさん好きがバレてしまいそうですね。これも先ほどの感想に続いて、極めて個人的な話になるのでどうかなとも思ったのですが、個人的な内容で構わないって宿題割企画説明にも書いてあったしそのままいきます。 私が今まで辿ってきた歴史というのは、常に移動と共に語られます。要は転勤族の娘で転々としていたわけなのですが、行き先が国内外問わず、並べてみるとまるで節操のないラインナップでお届けされていました。 人に話すと、かなりの確率で「羨ましい」と言って頂ける有難い環境だったのですが、その環境が目まぐるしく変わり過ぎていたせいなのか、実は色々なことをほとんど覚えていません。特に、海外にいた通算六年間の出来事は、かなり断片的で曖昧な記憶しか思い出せない。海外にいた時は旅行もしたはずなのに、1つの国で覚えている景色なんてせいぜい2つ程度です。その時、自分が何を考えていたかなんて、記憶にすら残っていません。 しかし、「自分が考えていたこと」について、強烈に覚えていることが1つだけあります。中学2年生の修学旅行で、「この楽しい時間なんて、あっという間に終わっちゃうんだろうし、きっと今ここで何やってたかなんて覚えていられないんだろうなあ」と宿でぼんやり考えていました。多分、場所は宿だったはず。この辺も曖昧です。 当時の自分の予言めいたものは的中して、その前後自分が誰と何をしていたのか、一体何がそこまで楽しかったのか、全くと言っていいほど覚えていません。行き先も、結構珍しい場所だったはずなのに、写真を見てもピンとこない。 誰と一緒に行ったのか、構成人員については記録として残っていますが、その人達と共有した場所や時間、そういった肝心な部分が欠落している。で、もう取り戻すこともできない。<終わりに> こんな生育環境だったこともあって、時間については関心を持っていたのですが、この一年間書き進めていた小説が時間の話で、そしてたまたま劇場がとても行きやすい場所にあったので、これはきっとご縁だなと思ってチケットを予約しました。 時間とはなんぞやって問いは結局余計にわからなくなりましたが、クロノが終始可愛かったので、私のそばにあるはずの時間もこんな姿をしていたらいいのにと思いました。 今は取り戻せない、私が辿ってきたはずの時間は、決して消えたわけではなくて、クロノみたいな形でどこかに存在しているのであれば、ある種救いがあっていいのになと観劇して思いました。アクセスする方法を見つけられれば、もっといいのですが。 乱暴なまとめですみません。次回作を楽しみにしています。

宿題 #3(石垣駿様)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前石垣駿様観劇日時2018年3月22日 19時30分「面白い舞台、と一言では言い表せない」という感想ですが、演出、役者さんの演技含め「見応えのある舞台」だとは感じました。ストーリーに関しては「ある出来事」についての個人個人の回想が多くある作り方とはいえ、話が進展している感覚があまりないのがやきもきしました。内容、ストーリーに明るい面がほとんどなく感情の浮き沈みがずっと沈んでいて上映70分にしては長く感じました。話の核心だと受け取った部分が非常に暗く重いものなので好みが別れる作品だと感じました。もっと晴れやかな彼女達も見てみたいと思います。隕石が何を意図する要素なのか掴みかねるという印象でした。隕石の要素とストーリーがどう絡んでいるのか私にはわからず、もやっとしました。演出面に関して、開場中に役者が舞台上に「ただ」いるのはいい演出効果がある様に思えなかったです。色々な劇団でも同じ様に開場中に演者が居続ける演出を見ますが、使い古された感じが否めないし、良い効果があるように感じたことはないです。本編冒頭に「居残りさせられている」と、ずっといたことへの回収?がされていましたが、良い効果があったようには見えなかったです。冒頭の語りの部分が、モノローグとして頭の中の「考えている事」として捉えましたが、口調や言葉遣いがキャラクターとギャップがありすぎるように感じました。学校の制服を着た十代女子学生の見た目なのに、そのキャラクタに沿った口調、言葉遣いではない感じが個人的に引っかかるポイントでした。例えばそのキャラクターの独自の口調や口癖などあったほうがキャラクターを早い段階で理解できると思うし、それぞれの違いが出て「見ている側」は飽きないと思います。波の音の音質が悪いと感じました。設定的に少し離れた場所から聞こえて来る、というのがあってフィルターを掛けているのかなとも思いましたが、冒頭の印象的な音でもあると思うので、もっとクリアな綺麗な波の音でよかったんじゃないかと思いました。ラジオの部分の音は良くできていただけに気になってしまいました。最後姉が立ち去る時、一度立ち止まってその後に本当にはけるところがありましたが、「一度立ち止まる」というのが形式的に見えてしまいました。振り返っての、「表情」を使った演技の方が何かを物語ることができるんじゃないかと思います。微笑むだとか、切なそうに目を伏せるだとか。同じセリフを間をおいて何度も繰り返すのは、印象にも残るし非常に良かったと思います。みている側もそのセリフを無意識に反芻できる感じがあって、注目できてわかりやすかったです。これは好みですが最後まで素性の知れないキャラがいるのはいいと思いますが彼女がそこにいた理由、もっといえば開場中もいた理由を観客にわかるようにオチをつけて欲しかったです。「私はあの時こう思っていた、こうだった」という回想独白のシーンが多く、リアルタイムなキャラ同士のやりとりが少ないと感じてしまったので、そういうシーンももっと見たいと思いました。役者の「ではけ」がほとんどなく客前に出ずっぱりなのに、シーンごとにきちんと登場人物がわかったのでライティングや立ち位置による演出が非常にうまいなぁと感じました。役者さんの演技はそれぞれ素晴らしかったです。特にヒメ役の方の出で立ちというか、キャラクターの自然な雰囲気で舞台上にいれる点や、ヒバナ役の方の芯のある演技や、顔が隠れているにも関わらず表情の変化がわかりやすかった点がよかったです。入れ替わり立ち替わりの人物の見せ方の工夫は見応えのある演出だと思いました。今回のストーリーはたまたま私の肌には合わないかなと思うものでしたが、役者さんの演技、演出ともに光るものもあったと感じましたし、見応えのある舞台だったと思います。次回公演があればまた観に来れればと思います。公演お疲れ様でした。

宿題 #2(村上晴彦様)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前村上晴彦(むらかみ劇場2)観劇日時2018年3月24日 19時30分人間機械『うみべのクロノス』を観て “誰かが見てくれていて幸せ”なのか、“誰かに見られていて不安”なのか?風に舞い落ちる一枚の葉が、どちらを上にして地に落ちるのかギリギリまでわからないように、紙一重の世界に我々は生きている。 今回観たのは、「人間機械」さんの、『うみべのクロノス』です。お値段¥3500。ちょっと高いなぁ(それでも相場からすると普通かやや安いくらいなんだけど)、と思いつつホームページを見て、「宿題割引」なるものがあるのを知るに及び、「いやぁ、でも1500~2000文字は結構ハードル高いぞ」、「せめて1000~1200にしてくれないかなぁ」という狭間で数日揺れた後、「まぁ何とかなるだろ」と思いこれを選択する。要求する字数がちょっと多いことを除けば、こういうシステムがあるのはいい、と思う。そして今、字数稼がなきゃ、との思いから、直接本編とは関係ないことをだらだら書いている。主催者の望むところではないだろうなと思いながら。ごめんなさい。m(_ _)m 「隕石」とは一体何だったのか。冒頭、ラジオから流れる隕石落下のニュースを聞いて、「でんぱ組.incの『あした地球がこなごなになっても』が頭の中で流れる。が、どうもそういう終末的な世界観ではなかったようだ。隕石とは、爆死(焼身自殺、かな…?)した姉・ヒメのことなら、そっちがヒバナじゃないかと思ったりもするが、どっちでもいい話。そこまでぶっ飛んだ話でなく、もう少しサイコドラマ。 素朴な疑問なのだが、上演パンフレットには「17年5月…(中略)…『穏やかな暮らし』にて旗揚げ」と書いてあるのだが、今回がVOLUME1。なんでだろう?よくわからない。そもそも時間などここにはない。だからきっとそれでいいのだろうと勝手に納得する。ならば妙に導入→展開→結論みたいな、理路整然とした論評は、この芝居にはそぐわない。だから、敢えて思いつくままに思いつくことを書いてみる。順序も配列もバラバラに。好きなところを拾ってもらえればそれでよい。 「仄暗い少女趣味を基調とした作品を創作している」のだそうで、登場人物たちは、若い女優さん数名。決してこちらを向いていない。それどころか、相手役すら見ていないように見える。みんな隔絶している。クロノが二人を心配しているかのように振る舞うものの、届いてはいない。この現実感のなさ。やらないので詳しくないけど、ラインやツイッターでのやりとりを見ているようだ。「わけわからないままだったら宿題やりづれぇ」などと不謹慎なことを考えながら観ていくと、家庭内性暴力を巡る義理の姉妹の物語と判明してゆくのでちょっと安心した。きっとこのへんが、「仄暗い少女趣味」。 「遊空間がざびぃ」の「がざびぃ」とは、どういう意味なのだろうか?ネオジオンのモビルスーツ「ガザB」くらいしか咄嗟に思い浮かばない。会場整理の方が、盛んに天井が低いことを気にしていた。確かに低い。むき出しの天井パイプ上の灯体は単なるハンガー吊りでなくてペンチ締めしてギリギリまで上にあげている。元々そうなのか、舞台はすのこ状の板張り。この演目には、もっと無機的なものが似合うと思うが、あえて木の温もりを求めたのか。結末からすると、ちょっとそんな気もしなくはないのだ。 クロノスとは、ギリシア神話でいうところの「時間の神」(ゼウスの父たるクロノスとは違う神だということを初めて知った)。時間軸はここではあまり関係ない。時間の古い場面から順番に場面が展開するなどと考えてはいけない。「YOU TUBE」で「ヒメ ヒバナ」で検索したら表示された動画を、気の向くままに再生しているようなもので、時は止まっている。そこには正しいものも、そうでないものも、きっと全てがある。 待っている少女・クロノは、必ずしも善意の第三者ではない。善意の第三者は、容易に悪意や憎悪に転じ、そして隕石(炎上)をもたらす。我々は、そんな世界に今生きているのだ。そんなことを感じさせてくれる舞台でした。 観劇する前、同じ通り沿いにある「太文」というおそば屋さんで夕食をとった。そこを選んだのは何となくだが、やはり木の壁と家具に囲まれた店内。大変ていねいな対応をしてくださるたぶん夫婦のご主人とおかみさん。後になって改めて、この店でづけ丼を食した30分くらいが、この日最も人の温かみを感じた時間でした。小さい店なのですが、是非おススメしたいです。 「人間機械」の皆さん、お疲れ様でした。これからもがんばってください。

宿題 #1(河邉彰男様)

※この文章は「宿題割引」でVOLUME 1『うみべのクロノス』を観劇した来場者によるレビューですお名前河邉彰男 様観劇日時非公開「うみべのクロノス」感想文 クロノスとは時の神。 まあ、「もう引き止めることができない《時間》のお話。」と書いてあるのだから、それは当然として、話が少し進むと判るのだけれど、ヒメとヒバナとワタツミ、この3人の会話が、同じ事象を話しているのに現在形と過去形が混在していることに気づく。事象の進行が同一ではないわけだ。そんな中で、過去の回想もされるのだから、交差する時間を順序立てて、観て行かねばならない。 もう1人の登場人物である少女。彼女の名前は劇中では語られないし、本人も分からないらしい。一応、パンフには「クロノ」と書いてある。彼女は、ヒメやヒバナから話しかけられる態をなしているが、クロノの問いかけや発言に、彼女らは一向に反応する気配はない。クロノはひたすら居残りを続ける少女。着ている制服もヒメ、ヒバナと同じなので、当初、この物語のキーマンなのかと思うのだけれど、どうしてか舞台に存在しているにも拘らず、クロノ自身が悲嘆したり心配したりするものの、一向に話には絡まない。 ワタツミはそんなクロノと違い、看護教諭という立場から、ヒメとヒバナに積極的に関わっていく。ただし、彼女にも自ずと関わり方に限界がある。ヒメとヒバナの心の傷・痛みにどこまで癒しを与えられるか、最善の対応とはいかなるものなのか、そもそも彼女自身に踏み込める領域の問題なのか、彼女は思い苦しむ。それでも、できうる限りのことをしてあげようというワタツミの視線は温かい、そして無力だ。 ワタツミはヒメに言う「もう楽になってもいいんだよ」。これはヒメがヒバナに言う言葉と同じだ。時系列では、どちらが先かわからないけれども、ここにヒバナの身の上に対して、人間としてできることの限界を感じる。確かに問題を家庭相談所に持ち込むとか、社会的な対応は、可能かもしれない。しかし、それは解決ではない。対処療法として傷の一層の悪化を避けることにはなるだろうが、けして傷を癒すことにはならない。 アイルランドに行きたいというヒメ、隕石落下で全てが無になればよかったと思うヒバナ。ヒメはとにかく遠くに遠くに行きたいと願い、ヒバナは存在の基盤がなくなってしまえばと思う。 ヒメは全てが忘れられるなら生きていたいと思っている。ヒバナは死にたいというのではなく、無に帰りたいと思っている。しかし、結末は惨酷だ。忘れることなどできず、ヒバナに対する罪の意識を拭えないと悟ったヒメは、全ての罪業を背負い、自ら取り返しのつかないところまで行くことで、自らの存在を失うしか道がなかった。逆に、自らを無に帰する機会を持たないヒバナは、生き続けるしかない。 結果、全ては悲劇に帰する。ワタツミもヒメも無力だ。しかし、ワタツミは信じる、いつかヒバナが保健室に来なくなる日を。無力だからこそ、できることをするしかないといった諦観と希望の二律背反にかける。そう、卑怯かもしれないが、時が解決することを祈るのだ。 そして、ヒメの霊とヒバナの存在をクロノつまりクロノスは、ただただ居残りを続けながら見守っていくのだ。ヒメの手紙が海辺にたどり着くまで。クロノスは、その瓶に入った手紙をヒバナに届けるだろう。そうした時、ヒメの霊は救われ、ヒバナは生きる力を得るのかもしれない。 時間が交錯するのは、神の視線で観ているから。なぜなら、神は人知を超えて歴史を観ているのだから。しかし、矮小なる人間は、僅かな時間の中で、時間に抗うことすらできずに、ひたすら無力を悟って生きていくしかない。 神(クロノス)と人間(ワタツミ)が傍観する物語。嫌いじゃないです。